大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(う)1327号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件記録を調査し、本件控訴申立の適否について検討するに、本件は昭和四三年二月七日横浜地方裁判所に起訴され、国選弁護人桝井雅生出席のうえ審理がなされ、同年四月二三日有罪の判決が言い渡されたところ、その後被告人の妻本田繁子が同月二四日付東京高等裁判所宛の弁護人選任届により弁護士大谷季義、同楠瀬正淳を弁護人として選任した旨を弁護人らと連署のうえ同月三〇日原審裁判所に届け出る一方、同日右両弁護人より控訴申立がなされたことが明らかである。

ところで、刑事訴訟法第三五一条乃至第三五五条の規定によれば上訴権者は限定的に定められており、弁護人については原審の弁護人でなければ上訴権を有しないものとされている。よつて、先ず前記弁護人大谷季義、同楠瀬正淳を原審の弁護人と解すべきかどうかについて考察するのに、同法第三二条第二項によれば、「公訴の提起後における弁護人の選任は等級ごとにこれをしなければならない。」と定められているところ、右弁護人らの選任が原判決言渡後になされていること(審級の時間的範囲については判決宣告時をその基準とすべきことは、同法第九七条、刑事訴訟規則第九二条が上訴提起期間内における勾留に関する各種の処分につき特に原裁判所をして行わせる旨を規定していることなどからも、現行法上十分に窺えるところであり、昭和二四年一月一二日最高裁判所大法廷判決、同年二月八日最高裁判所第三小法廷判決の各判文に徴すれば、右各最高裁判所判決の見解もこれと同趣旨に出ているものと解せられる。)、右選任届が控訴審裁判所である東京高等裁判所宛になされていること、右弁護人らは控訴趣意書を提出し、控訴審の公判期日に出席して控訴審の弁護人として弁護活動をしているが、控訴審の弁護人としての選任届を更に差出していないことなどの事実に徴すれば、右弁護人らは控訴審の弁護人とする趣旨で選任されたものというべく、これを原審の弁護人とみるべき余地は存しない。しかるところ、右最高裁判所大法廷判決は、「被告人は特に上訴をする依頼を為す旨明示せざるも、自ら上訴を為さずして上訴審における弁護を弁護士たる弁護人に依頼したときは上訴をすることをも依頼したものと見るを相当とするから、かかる場合その弁護人は被告人を代理して被告人のため上訴することができるものといわねばならぬ。」と説示して、被告人の選任にかかる弁護人は被告人の委任代理人として被告人の上訴権を行使することができるとしているので、本件弁護人らの控訴申立が被告人の委任代理人としてなされたものと認むべきかについて更に検討するに、右弁護人らの選任者は被告人の妻である(被告人が自ら上訴を申立てることができなかつたとか、弁護人を選任しえなかつたとかいう特段の事情は窺えない)ところ、任意代理においては、その委任をなす本人において代理人が代理行使すべき権利を有していなければならないのであるが、被告人の配偶者に控訴権のないことは法文上明白であるから、被告人の妻が控訴権の代理行使を委任することは許されないところであつて、被告人の妻に選任された右弁護人らに、委任代理人として控訴申立をなす権限があるものとも認め難いのである。(尚昭和四三年四月三〇日付被告人作成の大谷季義を主任弁護人とする旨の主任弁護人選任届が存在するが、被告人以外の者が弁護人を選任した場合でも主任弁護人の指定は被告人のみがなすべきであり、又右主任弁護人選任届は当裁判所に提出されず、第一回公判において裁判長は楠瀬正淳を主任弁護人に指定したのであるから、右選任届が作成されていたという一事によつて、右弁護人らが被告人に選任されたものと認めることはできない。)

つぎに、本件控訴申立が弁護人のいわゆる包括的代理権によるものとして適法と解されないかどうかについて考察するに、刑事訴訟法は上訴権に関する外、勾留理由開示請求権、保釈請求権等についても個別に弁護人に申立権や請求権のある旨を規定しているのであるから、いわゆる弁護人の包括的代理権は通常の訴訟手続上の行為以外の重要なものについては及ばないものと解すべきである。そして、前記各最高裁判所判決の趣旨も弁護人の包括的代理権による上訴申立を認容したものとは解されないから、本件控訴申立を弁護人のいわゆる包括的代理権によるものであつて適法であると解するに由なきものといわねばならない。

それ故、結局本件弁護人らによる控訴申立手続は適法といわれず、他に本件につき適法な控訴申立がなされている形跡は認められないから、刑事訴訟法第三九五条に則つて本件控訴はこれを棄却すべく、主文のとおり判決する。(津田正良 酒井雄介 四ツ谷巌)

弁護人の控訴趣意に対する検察官の答弁

第一点

第一点 本件控訴の申立ては不適法である。

一、本件控訴の申立ては、昭和四三年四月三〇日被告人の配偶者が同日付で選任した弁護士である弁護人によりなされているところ、第一審の判決言渡しは同月二三日であるから、明らかに判決言渡し後配偶者により選任された弁護士である弁護人によりなされている。

ところで刑事訴訟法(以下刑訴法と略称する。)第三五五条によれば「原審における弁護人は被告人のため上訴をすることができる。」とあるため、本件控訴の申立てが果して適法であるかどうかが問題になる。そこで場合を分つて検討を加えることとする。すなわち、

第一に、控訴を申立ててた弁護人は原審における弁護人といえるか。

第二に、原審における弁護人といえないが、被告人が選出した弁護人と同視しうるか。

第三に、弁護士たる弁護人の訴訟行為能力はどうか。

等の点について順次述べることとする。

二、第一の点について

1 「原審における弁護人」に関しまず問題とされるのは、刑訴法第三二条第二項の「公訴の提起後における弁護人の選任は審級ごとにこれをしなければならないとしていることで、その審級の時間的範囲をどのように解すべきかにある。これには大別して「判決宣告時説」「審級離脱時説」および「訴訟記録送付時説」の三つがある。

2 訴訟記録送付時説は被告人の保護に厚いが、前記刑訴法第三二条第二項の審級毎にこれをしなければならないという明文に反すると考えられる。

3 審級離脱時説すなわち終局裁判の確定または上訴申立により当該審級を離脱する時をその時期とするとの説は現時の有力な説かもしれない。そしてこの説によるならば、配偶者に弁護人選任権のあることは刑訴法第三〇条第二項により明らかであるから、仮りに弁護人選任届が東京高等裁判所宛になつていたとしても(この点異論をさしはさむ余地はあるが)被告人の配偶者が弁護人を選任した時はいまだ本件が原審に係属していた時期であるから、選任された弁護人は原審における弁護人であると解し、同弁護人は被告人のため上訴権を行使しうると考える余地がないではない。仮りにこの見解に立つならば被告人が配偶者に弁護人の選任を依頼したかどうか、またその際上訴を依頼したかどうかの問題点を回避しうる。

なお、横川敏雄判事は有斐閣発行のポケット註釈全書刑訴法五五頁において、「選任の効力は、その審級だけに限られる。その審級がいつ終了するかについては疑問であるが、これはその審級の終局裁判の告知によつて終了するのではなく上訴申立てによつて移審の効力を生じたとき、また、上訴期間満了のときと解する。けだし、終局裁判告知後も保釈の請求、書類、証拠物の閲覧等に関しその訴訟行為が必要とされをからである。」とされる。しかし、保釈の請求等が必要とされるといつてもこのことは原審弁護人に限られるわけではないから必ずしも右説の根拠とはなり難いと考える。

4 この点についての判例は極めて少ないが、指導的判例として昭和二四年一月一二日最高裁判所大法廷判決(集三巻一号二〇頁)をあげることができる。同判決は旧刑訴法にかかるものであるが、刑訴法第三五五条に関する限り同文であるから今日においても指導的判例と考えられる。同判例は、

「原審弁護人が独立して上訴をなすことを得るという立法趣旨は、原審の審理に関与した弁護人はその審級に基づく判決に対し上訴すべきか否かを独立して決定するに適したものと認めるからである。それ故原審の弁護人ではないもの若しくは判決宣告において被告人の選任した弁護人はたとい被告人の明示した意思に反しなくとも独立しては上訴をなすことを得ないものと解しなければならない。」というのであつて、この考え方は明らかに旧法当時と同様「判決宣告時説」にたつているものというべきである。

ただ、下級審において「審級離脱時説」によつたものと思えるものがあるので紹介しておく。それは昭和二七年一〇月六日札幌高裁決定(高裁集五巻一一号一九〇四頁)であつて「弁護人選任の効力はその審級だけに限られることは刑訴法第三二条により明らかであつて、その審級とは上訴により移審の効力を生ずるまでであつて、上訴の申立てにより上訴審に係属した以後は原審の弁護人としての訴訟行為はできない次第である。」というのである。

5 このように右下級審決定は別として、最高裁判所は明らかに「判決宣告時説」に立脚しており、また、上訴提起期間内における勾留に関する各種の処分決定は刑訴法第九七条、同規則第九二条という条文を特別に設け原裁判所をしてなさしめているのも判決宣告時説を裏付けているものということができる。

従つて、第一の点に関し本件弁護人は「原審における弁護人」とはいえない。

三、第二の点について

1 次に、原審における弁護人とはいえないとしても、被告人の配偶者の選任した本件弁護人は、被告人が選任した弁護人と同視しえないかの問題がある。

前掲昭和二四年一月一二日の最高裁大法廷判決は、原判決言渡し後被告人が選任した弁護人の上訴は有効である旨判示し、その理由として、「憲法第三四条、第三七条によれば、被告人は自己の権利を擁護するため、弁護人に依頼する権利を憲法上確認保証されたのであるから、上訴をするためにも資格を有する弁護人に依頼することができるものと解釈しなければならない。」とし、さらに「被告人は上訴をなす旨明示せざるも、自ら上訴をなさずして上訴審における弁護を弁護士たる弁護人に依頼したときは上訴をすることをも依頼したものとみるを相当とするから、かかる場合その弁護人は被告人を代理して被告人のため上訴をすることができるものといわねばならぬ。その際被告人の代理たる旨を明示することは必ずしも必要とするものではなく、要は弁護届、上訴状等一件書類によりその趣旨を看取し得るを以て足るものといわねばならぬ。」としている。

2 ところで本件をみるに、被告人が上訴し得なかつたとか自ら弁護人を選任し得なかつたとする特段の事由はなく、被告人の配偶者が選任したことが明らかであるから、この場合被告人で上訴をするために本件弁護人を選任したものと擬制することは訴訟手続の適法性、厳格性からいつて困難であるといわざるを得ない。従つて本件を右大法廷判決の準用される場合であるとはいえないと考える。

3 また、被告人との関係を除外して考えた場合、配偶者に上訴権のないことは明らかである。この点については被告人の法定代理人でない父や母からの上訴は不適法であるとする判例(昭和二六年四月一〇日最高裁第三小法廷判決、集五巻五号八二〇頁、昭和三〇年四月一一日同第一小法廷決定、集九巻四号八三六頁)があるので、本件のように、上訴権のない被告人の配偶者が選任した弁護人の上訴が不適法であることも明らかである。

4 ただ、被告人の配偶者が弁護人を選任したとしても、その弁護人は被告人のために選任されたので、選任後は訴訟法上の効果は被告人に及び選任者も右弁護人を解任し得ないと解する立場からは、右弁護人の上訴は被告人の上訴を代理して行使したものと考えうる余地がないかということで適法であるとの論もありえよう。しかし、この見解は前記大法廷判例の準用という意味ではやや拡張にすぎるのではなかろうか。

四、第三の点について

前掲昭和二四年一月一二日の大法廷判決の少数意見(真野毅裁判官のみ)によれば、弁護士の固有権から上訴は有効であつて被告人の委任の有無によらない。弁護士は代理として訴訟行為をするのではないとされる。この立場からは原審における弁護人であるかどうかに拘りなく上訴権が認められて然るべきであるが、この説をもつて判例の立場とするわけにはいかないし、刑訴法の体系、刑訴法第四一条等からにわかにこう説には賛同しえない。

なお、右の少数説によつても「判決宣告時説」によつており、本件の弁護人を原審における弁護人とみることについては否定されている。

以上のとおり、本件控訴の申立ては不適法であるから控訴棄却あるべきものと思料する。

検察官の答弁に対する弁護人の反駁第一点

第一点 本件控訴の申立は適法である。検察官は、本件控訴の申立が、判決言渡し後配偶者により選任された弁護士である弁護人によりなされていたところから、刑事訴訟法第三五五条の「原審における弁護人は被告人のため上訴をすることができる」に該当せず、本件控訴の申立が不適法であると論述されている。

それは、第一に、本件弁護人が原審における弁護人とはいえない。第二に、原審における弁護人といえず、かつ、被告人が選任した弁護人とも同視し得ない。第三に弁護士たる弁護でも原審における弁護人であるかどうかにかかわらず上訴権を認められるものではない。という三つの立場より前記結論に到達したものとみられるが、それらは全て決して吾人をして納得せしめる理由づけたり得ていない。即ち、第一の原審における弁護人でないことについて争うものではない。しかし、審級の時間的範囲について、判決宣告時説を以つて最も合理的なかの如く述べて居られるが、これは旧刑事訴訟法における解釈であつて、現行刑事訴訟法上の解釈としては、上訴によつて移審の効力を生ずるまで(上訴期間の徒過または上訴の放棄によつて事件が確定するまで)とする説が通説となつているのである(高田卓爾現代法学全書)。その理由としては、①純理論的に見て終局裁判の確定までは訴訟係属は原審にあること。②実際的に見て、判決宣告時説によれば、終局裁判言渡から移審の効力発生までの間は、弁護人のない空白期間が生じ、その間は保釈請求記録閲覧等の関係で被告人にとつて、著しく不利益をきたす。ことをあげている。この解釈こそより合理的であつて、判例の立場が未だ判決宣告時説をとつているとしても、新刑事訴訟法になつてから、本件につき論点として十分に検討された形跡なく、前の大審院時代の尾を引いている様な状態では、判例の立場に固執する必要は毛頭ないというべきであろう。

第二、第三の解釈については、それはあまりに旧憲法的、旧刑事訴訟法的であつて、時代の趨勢に逆行するものと言わざるを得ないが、以下、第三の立場に対する反駁、次いで第二の立場に対する反駁及び歴史的考察の順に論述する。

一、弁護人選任権者より選任された弁護人には、弁護機関たる地位、職責から弁護権の行使に必要な限度において、被告人の明示の意思に反しない限り、なし得る訴訟行為がある、これを非独立固有権と称するが、これは弁護士の地位職責から当然に由来するところであつて、独立固有権の如く個々の法律規定を必要とするものではない、従つて控訴審の弁護人として依頼を受けた弁護士は、その地位職責から固有の権利として当然被告人のために控訴の申立をすることができるのであつて、刑事訴訟法第四一条の制限を受けるものではない。

検察官は、刑事訴訟法第三五五条の規定を「被告人の為上訴を為し得る弁護人は訴訟が原審に係属していた当時において弁護人であつた者に限られる」趣旨に解しているが、刑訴第三五五条は、その任務を終つた原審における弁護人でさえ被告人の明示した意思に反しない限りは、被告人のために上訴をすることができる旨を規定していると解するのが憲法及び新刑事訴訟法の精神に則つとつた解釈と言うべきである。まして、弁護人選任権者である被告人の配偶者の積極的に明示した意思によつて上訴審における弁護を依頼されたその弁護士自身は、一層強い理由をもつて被告人のため上訴の申立をすることができるのである。この際、被告人自身によつて選任されたと、弁護人選任権者である被告人の配偶者によつて選任されたことによつて何等、上訴申立の効力に異なるところは無いのである。この立場は、昭和二四年一月一二日の最高裁判所大法廷判決の小数説、真野裁判官の立場に合致するものであるが、新憲法及び新刑事訴訟法の趣旨に最も適合する解釈と言わねばならない。

二、仮に昭和二四年一月一二日の最高裁判所大法廷判決(多数説)の立場に立つたとしても、本件控訴の申立は適法である。検察官の答弁書第二の点(4)に一部述べられているごとく、被告人の配偶者が弁護人を選任したとしても、その弁護人は被告人のため選任されたのであつて、選任後は訴訟法上の効果は全て被告人に及び、選任者ももはや右弁護人を解任し得ないのであるから、如何なる選任権者が選任したにせよ、右弁護人は被告人の弁護人であり、被告人のために被告人の上訴申立を代理して行使し得る。

右大法廷判決に「被告人は上訴をなす旨明示せざるも、自ら上訴をなさずして、上訴審における弁護を弁護士たる弁護人に依頼した時は上訴をすることも依頼したものとみるを相当とする云々」とあるが、この時たまたま被告人自身が上訴審の弁護を弁護士たる弁護人に依頼したのであるため、被告人云々の表現をされただけであつて、被告人以外の選任権者が弁護士たる弁護人を選任し上訴審の弁護を依頼した場合は、被告人自身が選任した場合と異なり、その弁護人は被告人を代理して被告人のため上訴できないと解しなければならない理由は毫もない。

右大法廷判決の趣旨は被告人の選任にこだわるものではなく、被告人或はその他の弁護人選任権者によつて選任された場合について、被告人の上訴申立を代理して行使したものと解しているのである。これは決して拡張解釈というべきものではなく、被告人保護の憲法の精神に基づく当然の解釈というべきである。

右のように、被告人の配偶者の選任した弁護士たる弁護人は被告人を代理して上訴申立をなし得ないとするのは、奇妙なことしか考えられないが、仮にそうであつたとしても、本件においては、被告人の配偶者が本件弁護人を選任した日と同日付を以つて、被告人は主任弁護人選任届に署名押印をなしている(この主任弁護人選任届は弁護人らの都合で主任を交替したため提出されなかつたが)この事実は被告人の明示の意思により上訴申立の委任と上訴審の弁護人選任がなあれたものと解することができる。従つて、前記大法廷判決の立場よりして、本件上訴の申立は適法である。

三、旧刑事訴訟法と、新刑事訴訟及び憲法との関係より上訴審の弁護人の上訴申立を考察すると、

(一) 旧刑事訴訟法上、被告人の弁護人であつて、法定の上訴権者として認められていたのは原審における弁護人だけであつた。

大審院はその意義をきわめて限定的に解し、原審の公判廷に出頭した弁護人でなければならないと解していたが、大審院判決大正一二年六月一三日(刑集二・五二八)で解釈を改めて「自ラ公判廷ニ出頭シテ弁論ヲナシタルト否トヲ問ワズ」上訴をなし得べきものとした。しかし、原判決宣告後に選任された弁護人は「原審における弁護人」には該当せず、したがつて被告人のために上訴をすることはできないというのが、大審院の確定的な判例であつた。しかるに、最高裁判所は、刑訴応急措置法当時、同じ文言の条文として残つたものについて、原判決宣告後に選任された弁護人は「原審における」弁護人にあたらないとする解釈に従いながらも、かような弁護人でも弁護土である限り被告人の委任に基づき被告人を代理して上訴できるものとするに至つた。

そのリーデングケースが前記最高裁の昭和二四年一月一二日の大法廷判決であるが、同じく昭和二四年二月八日の第三小法廷判決もこの線にそつて「所謂原審の弁護人でない点にのみ着眼し、同弁護士は被告人を代理して上訴の申立を為したることを看過し、適法になされた控訴申立を不適法として却下した云云」と説示している。このように大審院判例が最高裁により変更されるに至つたのは、旧憲法下の刑事訴訟法による弁護人たる弁護士の地位と、新憲法下の新刑事訴訟法(応急措置法)上の弁護人たる弁護士の地位の格段の変化と共に、憲法第三四条、第三七条による弁護人を依頼する権利の確立と、新憲法下の新刑事訴訟法による当事者主義の構造と刑事裁判に対する観念の変化等によるものであると言わねばならない。

(二) そこで、新憲法及び新刑事訴訟法の精神から考察すれば、新刑訴第三五五条は、旧刑訴第三七九条とその文言は同じであるとしても、その法意は決して同じでは無いのである。即ち「被告人の弁護人であつて、上訴をなし得る者は、原審における弁護人だけである」と解釈するものではなく、本来任務が終つた原審における弁護人は上訴申立ができないはずであるが、本条により上訴の申立権を例外的に与えたもので、上訴審の弁護人が上訴申立権があるのは当然のこととしか解釈されないのである。

刑訴第四一条の「この法律に特別の定のある場合」の必要なのは原審弁護人についてだけであつて、上訴審の弁護人は、その権限として被告人の保護者たる地位に基づき、当然上訴申立権を認められると解すべきである。従つて、上訴審の弁護人については刑訴第三五五条のごとき規定を必要とせず、刑訴第四一条による制限に服するものでない。

(三) この観点より見れば、昭和二四年一月一二日の最高裁大法廷の立場は未だ新憲法及び新刑事訴訟法の精神に則つた解釈とは言い難いが、これは新憲法制定直後のことで、刑訴応急措置法時代のことであるから、単に原審判決宣告後に選任された弁護人に上訴権を認められないということが良識に反するという観点から、代理の法理を用いて、原審判決宣告後に選任された弁護人に対して上訴権を認めたと同様の効果を与えることによつて、旧刑訴に立脚する大審院判例の変更を最小限度に止めんとしたにすぎない。しかし、新刑事訴訟法が実務に定着した二〇年後の今日、かかる一審判決宣告後に選任された上訴審の弁護人が上訴申立をなし得るか否かが、問題になること自体を奇異に感ずるのであつて、被告人に選任されたと、独立の選任者である被告人の配偶者に選任されたことでその取扱いを異にしなければならないいわれはない。かかる取扱いを異にすることは、前記最高裁大法廷判決の精神にも背馳するものであつて、新憲法ならびに新刑事訴訟法のうえから全く理解し難いところである。

とくに当事者平等の原則から、被告人の防禦能力の強化をはかり、訴追側に対して厳格な規制を加えている新刑事訴訟法は、特に明示の条項に反しない限り、被告人側に不利に解釈しなければならない理由は全く無い。

従つて、本件控訴の申立は適法と言うべきである。

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